【90歳夢道9】プログラミングが命(1)

2023年8月 新堀ギターオーケストラを指導する新堀寛己先生(左)
 Aグループ(註1)の指導をしました。2023年現在も、このグループが世界最高峰のギターオーケストラである事は間違いないと思いました。
 各人の技術と音楽性・吸収力・暗譜力・パフォーマンスの力…、そのどれもが素晴らしいです。
 現在、ギターオーケストラに限らず、日本のオーケストラの技術と音楽性は世界トップレベルである事は確かでしょう。
 
 2017年(新堀ギター創立50周年)にAグループが核となり特別に編成された新堀ギターフィルハーモニーグランドオーケストラ(130名編成)は、音楽の都・ヨーロッパのミュンヘン(ドイツ)のゲメリングホール、そしてウィーン(オーストリー)の楽友協会・黄金ホールでスタンディングオベーションの成功を収めました。音楽が生活に根付き、世界最高の演奏に頻繁に触れているここの聴衆は、世界で最も耳の肥えた聴衆と言えます。その人達が、大歓声とスタンディングオベーションを私たちのオーケストラに送ってくださったのです。この時の聴衆は、音楽のプロフェッショナルや評論家、マスコミだけではなく、大半が一般の人達でした。
 
 音楽大学でも盛んに磨きをかける演奏技術や表現法を身につける事ができれば、国際音楽コンクールで受賞を狙えるでしょう。しかしそれだけでは、実際の一般の聴衆を対象としたコンサートでスタンディングオベーションいただける=感動あるコンサートに至るとは限りません。
 
 N(新堀)メソード(Nメ)には、その感動を生む仕掛けがあります。これは私達が多くの演奏会・国際ステージの経験を通して気付き完成させていったもの、いわばNメのトラの巻きとも言えるものです。今回、この企業秘密に匹敵する話を暴露してしまいます!
 演奏者の技術も音楽性もトップレベルである事を前提として、聴衆から「また聴きたい!」と思われるコンサート、国際ステージでもオールスタンディングオベーション(総立ち拍手)をいただけるには、どのようにすればよいのか? なにが必要なのでしょうか?
 
 それは、“聴衆を飽きさせない、感動を生み出すプログラミングです!”
 プログラミング=曲の順番の事です。それ以前に選曲もありますし、加えて演出もありますが…。
 例えば、「全日本ギターコンクール」合奏部門での受賞を目指すには、課題曲のポイントを逃さず的確に演奏し、自由曲でいかに審査員の印象に残るかがポイントです。このコンクールの本選では、課題曲と自由曲の2曲のみの演奏ですから、効果的な組み合わせを考慮し、技術と表現力のある合奏団でしたら、聴衆の心をつかめるインパクト・ドラマ性のある曲を自由曲に選べば上位入賞はほぼ確実かと思います。プログラミングということで見れば、それほど難しくはないでしょう。
 
 しかし、1時間半から2時間のコンサートを感動あるものにするプログラミングは、かなり選曲から考慮しなければなりません。生徒さんの発表会や部活動の定演では、自分達が弾きたいと思った曲を選び、今まで練習して来た事の発表の場として良いのですが…。
 
 私達(Nオケ=プロ)の演奏会は、それとは違います。
 指揮者が1人もしくは2人で行なうコンサートでは、感動を生むプログラミングのベース(形)に合せて選曲していく事が多いです。
 1曲目はオープニングに相応しいもの(フルオケで勢いのあるもの)、2曲目は1曲目の爽やかさを失わず少し編成(サウンド)を変えたバロック音楽など…という具合にです。
 オープニングとラスト(メイン)の曲は特に重要で、そこから決めていく場合が多いです。次に重要なのが、1部の締め、2部のオープニングなど…。
 ですから、私達の有料のコンサートでは今迄、演奏者の都合や好みで選曲やプログラミングをしないのが通例なのです。
 
 またギタリストにありがちなのが、ギターの音色が美しく響く癒し系の曲を選曲しやすい事。ギターのAmやEmのコードは演奏しやすく美しく響きますし、短調や癒し系の曲を表現するのにギター(クラシックギター・生ギター)は最適の楽器である事も充分に理解できるのですが、その方向のものばかりを並べると、演奏会全体が暗い感じのものになってしまいやすいのです。特に現代の聴衆がそれを求めるかと言えば、かなり違うでしょう。
 ですので私は常日頃、選曲の80%は明るい曲調のものを!と指導してきました。
 
 プログラミングはコース料理と似ているかもしれません。お客様に満足していただくには、それぞれが素晴らしい事も勿論ですが、その順番が重要なのです。
 料理で言えば、同じ味付けのものを連続で出されれば、すぐに飽きてしまうように、演奏者がその系統が得意だからと言って、同じ曲調・同じ速さの曲を並べれば、お客様は飽きてしまうでしょう。
 
 またその時の流行りのものばかりを並べるのも問題です。これは流行している曲を演奏してはならないという事ではありません。時代の流れと共に変化する流行曲と違い、バロック音楽や古典と言われるクラシックの曲は何百年も演奏され続けて生き残った曲です。その価値を忘れてはならないという事です。
 
 楽器もそうです。ギター属(撥弦楽器)の歴史は紀元前6世紀ごろから、それに続くチェンバロ(ハープシコード=鍵盤を使用した撥弦楽器)は14世紀に誕生し、15世紀~18世紀にはヨーロッパで全盛を誇りました。
 
 このように少なくとも数百年も続いたものを、ぜひ大切にしてほしいのです。それを現代の人に受け入れられるように、しっかりと工夫していくのが良いです。
 例えばチェンバロのサウンドは、今でも多くの人から「癒される」と言われています。先日、私も拝聴したのですが、ウクライナの人達が奏でているバウンドリアも昔からの楽器ですが、とても素敵な音色でした。
 
 話を戻します。
 聴衆から総立ち(スタンディングオベーション)をいただくには、人々から長年愛され続けて来た音楽(サウンド)を、現代人の感性に合うようにして取り入れる事と、プログラミングがポイントである事を先ず述べたかったのです。そして、オリジナリティ(独創性)がある事が非常に重要なのです。
 
 新堀ギターの中に長くいると、あるのが当たり前で気付かなくなってしまうかもしれませんが、新堀ギターはオリジナリティの宝庫です!
 新堀ギターオーケストラが使用している新堀ならではの各種音域ギター(27種類)も、その一つです。
 またギターを優れた太鼓としても扱うNRM(Niibori Rhythm Methdo)や、 奏者が演じるプレラ(プレイヤーズオペラ)も新堀(日本)が世界に誇れる素晴らしいオリジナルです。
 
 そして、これらを大いに活用したたくさんのオリジナル曲を私たちは持っているのです。
 創立65年の伝統ある古典(クラシック)のレパートリーも非常に多いです。ギター合奏で音楽の大海原へ出航しよう!と世界の名曲を次々にギター合奏に編曲して発表していた時代もあったのです。
 
 これらにより、実に多彩なプログラミングが可能ですそして私たちは、プログラミングの多くのノウハウも持っています。しかし、レパートリーのあまりの多彩さに、ノウハウがあってもプログラミングには、その都度、知恵をしぼることにはなります。
 
 更に今回2023年9月のNオケ公演の特徴は、多数の指揮者が登壇し、ほとんどの指揮者が、自分の持ち味を生かせる曲をそれぞれが選曲しました。その指揮者が担当するプログラムの場所も大まかには決めての選曲です。
 各指揮者の個性を生かし、演奏会全体の流れも考えたプログラミングは、かなり難しいものになります。
 加えて今回は、Nオケのコンマスでもある田口尋夢氏の指揮もみどころで、彼が指揮するウィンナーワルツが締めでもあり、更に彼はNE(新堀ギターアンサンブル)の指揮も行なうのです。これも考慮すると、曲のみを考えたプログラミングというわけにも行きませんでした。

 という事で、Aグループ指導の1コマから飽きないプログラミングの話を進めたいと思います。
 3曲レッスンしました。2曲は田口尋夢氏指揮のJ.シュトラウスの作品、そしてもう1曲が田口洋美さんの指揮の「みちのく」でした。
 
 「みちのく」は仙台出身の畑中雄大氏のオリジナル作品。
 2011年の東日本大震災復興支援曲として畑中氏は東北民謡を練り込み2つの作品=ギター独奏曲「ソナタみちのく」と「ギターコンチェルトみちのく」を作曲しましたが、この曲はそれとは違います。
 東北の地への愛情を歌った曲で、元々は女性ギターアンサンブルTwinkle(註2)用に書かれた癒し系の短い曲です。
 なぜこの曲を指揮者の田口洋美さんが選んだのか…設定としては2曲目としてとの事。
 オープニングは、寺田和之氏指揮の「フォガロの結婚・序曲」です。
 寺田氏の指揮は切れ味がダントツです。同じ系統の曲を選んでしまっては非常に不利です。
 そこでこの曲を選んだのだと思うですが…。
 
 ギター合奏の美音が活かされる曲ではあります。オーソドックスな新堀式ギター合奏の編成で、各ギターは共鳴しやすく、それをセゴビア奏法(深めで弦の自転を促す強めの音圧がかけられるタッチ)で、呼吸法をともなった美音で表現し、指揮も呼吸法で捉える事が出来ないと、この曲はBGM的になってしまいます。
 このようにシンプルで短く、終りもなんとなく静かに閉じる曲は、指揮者と演奏者によほどの力量がないと、聴衆を感動に誘う事は難しいのです。
 
 それに理想とする表現ができても、「フィガロ」とはつながりません。これが2曲目では、運転で言えば、加速がつき始めたところで、すぐにブレーキをかけるのと同じです。急ブレーキ過ぎて、同乗者(聴衆)は頭ゴツン!です。
 最も適した位置は、アンコールが数曲続いたラストなど、お客様に“お別れ”や“おやすみなさい”を示す時です。
 ところが今回は本プロが充実していてアンコールの時間がほぼありません。やれて1曲ですし、そのためだけにラスト(トリの曲)とは別の指揮者(田口洋美さん)が登場するのは不自然です。
 
 なぜこの曲を選曲したのか…、困りました。
 おそらく、今迄のプログラミングの定石…例えば、NE(新堀ギターアンサンブル)のA定食といわれるプログラミング(初めての人を飽きさせない)の冒頭では、1.バロック風「春が来た」(速い曲、知っているメロディが使用されたバロック音楽),2.アルハンブラ宮殿の想い出(ゆっくりした曲,周知のギターならではの名曲), 3.フラメンコギターコンチェルト「タンギージョ・デ・カディス」(速い曲、オリジナル作品)と続きます。
 そして大きく3部に分け、1部がクラシック系、2部が日本の曲、3部がチロル地方の音楽やポピュラーなどにして、衣装も3種類変えていたのです。
 これは、私が昔に考えて(約45年前)成功を収めていたものです。このプログラミングの始めの急・緩・急だけを参考にしてしまったのではないでしょうか。
 
 NEのプログラムA定食2曲目のアルハンブラ~では、低音(コンバスとギタロン)以外は、全員がプライムギターに持ち替えて演奏します。1曲目の「春が来た」ではアルトギター等、Nメギターを使用しています。ですので、1曲目と2曲目では楽器編成=サウンドがまるで違うのです。
 
 例えば「みちのく」を、チェンバロギターを多用したものに編曲すればサウンドの変化は出せます。
 チェンバロギター=スチール弦(鉄線)の音は世界中の人々が長年癒されて来たサウンドなのです。前述した、バウンドリア,ポルトガルギター,スイス地方のツィター,中国の揚琴,ロシアのバラライカ,マンドリンなど、どれもが歴史ある撥弦楽器なのです。
 
 そこで私は、この曲の作曲者・畑中雄大氏にチェンバロギターを多用したものにアレンジする事も提案すると、「賛成、賛成でーす」と彼はすぐに言ってくれたのですが…生ギター(ナイロン弦)の美しい音も捨てがたい…。悩んだ末、編成はこのままに、この曲を4曲目に持っていく事にしました。      
 
 つづく

註1 新堀ギターオーケストラAグループ=新堀ギター(本部直営)の先生方を中心としたギターオーケストラで、優秀な国際新堀芸術学院の在校生も所属しています。「新堀ギターフィルハーモニーオーケストラ(略:Nオケ)」の名称も使用されています。40~80編成のオーケストラです。このオケが様々な記念すべき特別編成のギターオーケストラの核にもなっています。
 Aグループに各地の先生方と優秀な生徒さん(音楽院生も含む)も入った大編成が、新堀ギターフィルハーモニーグランドオーケストラで、約130名の編成でウィーン公演も行ないました。
 一人の指揮者によるギターオーケストラでは現在400名編成が最大です。

註2 ギターアンサンブルTwinkle=女性四重奏団とも言われる4名の女性(主にアルト1,2,プライム,バスギター)と男性(ギタロン)の編成。「ドリマーズⅢ世=DⅢ」を受け継ぐグループです。DⅢは、1974年の英国公演を成功させた女性合奏団(7~8名編成)「ザ・ドリマーズ(英国名はドーターズ・オブ・ヘブン)」の女性ならではの美音と表現を受け継いだグループです。女性のみの編成では現在はトリオのSWANもあります。各グループとも楽器を持ち替えて演奏する場合もあります。
 これに対して、「DANROK=男六(ダンロク)」は6名の男性グループで、ソプラノギター,プライムギター1と2(フラメンコギターも使用),複弦プライムチェンバロギター,バスギター,ギタロンの編成です。