【幸福道9】4K,5G  立体から幸福道を敷く

マスコミの取材・インタビューで、

「看板の『新堀ギター』のあの文字は、目に飛び込んできますね~」と、いつも言われ、

「あれは、20代の時に自分でデザインしたもので、レトロな感じもするので、何度も変えようとしたのですが、結局あの書体の看板を見て入学する人が多いので、未だに使っているのですよ」と、私は返答しています。

 実は、現在は、看板や印刷物(封筒等)、自分の名刺に、ローマ字のniiboriも用いています。又、長い歴史を誇る「新堀ギター音楽院」の名称の法人は存在せず、株式会社 新堀ギターアカデミーが運営しています。

 音楽院創立(1957年)から63年の歴史の中で、個人名の「新堀」や「ギター」を名称から外したり、カタカナやローマ字にした方が、一層親しみやすく広まるのではないかと、いろいろと試してみたのですが、「新堀ギター」のあの字体と名称を超えるものには、今のところたどり着いていません。蚊取り線香の「金鳥」や「オロナミンC」と同様に、テレビやネットでも取り上げられるほど、昭和を代表する看板の一つとしても有名になってしまったので、それはそれで良しとするしかないかもしれません。

 著書「愛のサウンドを広めて」に書きましたが、新堀家はモノづくりの家系で、私もモノづくりが大好きで、趣味の鉄道模型に“ハマる日”があります。

 走らせる楽しさと共に、町づくり(レイアウト)に時を忘れる事が多いです。

 自分の創造力とデザインによる夢の街づくりは実に楽しいです。例えば、江ノ電がノイシュバンシュタイン城(ドイツの城)の前を登って行くとか、初期の蒸気機関車が流星へ向かって走って行く、箱根路深くEB(2輪小電気機関車)が米粒ほどのテールランプを振りつつ、アルプスの羊の群れをかすめて、よたよたと登って行き、すれ違う列車はオリエント・エクスプレス(急行)だったりと、現実ではありえない夢が広がって行くのです。

 鉄道模型はあくまでも、現実=本物の再現を追求しつつも、それを超えて夢をつくれる面白さがたまらないのです。ノイシュバンシュタイン城の城門をかすめて、江ノ電が走って行く事は実際にはあり得ませんが、お城と電車は徹底的に本物に近い所まで忠実につくり上げて行くのです。

 以下、模型作りの楽しい苦労話になりますが…。

 木曽節で歌われているように、この地方で材木の切り出しが行なわれていた時、御嶽山入りした男達は、何ヵ月も山奥で生活を続けるので、髭も髪の毛も伸び放題になってしまいます。そこでトロッコレールに2両編成の臨時電車を出します。その内の1両は散髪用車です。

 この散髪用車の模型の製作が難しい!私が製作しているのはナインゲージの鉄道模型で、レール幅9ミリは世界共通ですから、先述のオリエント急行列車は勿論、ヒットラーが作った黄金列車も全てパーツが量産されていますから、数本のピンセットを使えばすぐに組み立てる事ができます。しかし、日本の滅多に走らない山男達の為の散髪列車の製作は簡単ではありません。フィギア(人形)はアレンジもので間に合うし、全ての小物は外で作り、ピンセットを使って瞬間接着させれば良いのですが、私が結構苦心したのは、床の赤と黒の市松模様をズレないで敷く作業でした。9ミリレールに走る特殊列車の小道具いっぱいで、その隙間に敷く一片ずつの素材は、もはや普通のピンセットと人間の脳のコントロールのエネルギーをそのまま伝えての作業ではうまく行きません。マスクをして、強度の高い眼鏡をかけた上にアーム式のルーペも用います。勿論、ピンセットは逆方向から一定エネルギーで挟むものを自分の手に合わせて削ったものを用います。この様に、“見えない所、分かりにくい所”まで徹底的に本物に近づける事も追求しないと、ゴール(完成)時の全体のレイアウトの質が落ちてしまいます。

 即ち、外から一瞬で見えるものと、ルーペを使ってやっと確認できるものが、一体となって仕上がってこそ本物の幸福感を得る事が叶うのです。

 以前、銀座1丁目に“テアトル東京”という映画館がありました。映画全盛時代にNo.1と言われていた所です。(注釈:東京テアトル株式会社は1946年、戦後の荒廃した世の中に光と潤いを与え、人々の暮らしに活気と明日への生産意欲をもたらすことを理念として創業。1946年12月31日に映画館「テアトル銀座」開業、1955年に「テアトル銀座」を取り壊し、映画館「テアトル東京」開業。)

 戦後すぐは楽しみも少なく、スクリーンが風に揺れるような街頭での映像に人々が殺到しました。そこで映し出されたフジヤマノのトビウオ=水泳の古橋廣之進選手の世界大会優勝の時などは、もうモミクチャ状態でした。

 やがて街頭ではスクリーンからテレビ=街頭テレビの時代になります。そして映像はモノクロから所々が天然色(カラー)となり、そしてついに夢の総天然色時代に入って行きました。

 “テアトル東京”は映像の最先端を行きました。スクリーンは巨大になって行き、次には、背筋が感電したかの様にビリ~っと来た事が起こりました。「シネマスコープ」の登場です。

 特に前方席は、緩やかに上方に傾斜して行き、スクリーンに透け込み、左右は人間の目以上の広がりをし、スピーカーは全方向に設置するという、とてつもない宇宙(立体化)が実現したのです。この時私が受けた衝撃は、今の4K,5Gに匹敵するかもしれません。

 この時観た映画は「ベンハー」だったと思います。地鳴りと共に、パンパカパ~ンと地平線からすごい石造り4K?立体のタイトルが、私の五体を吹き飛ばしそうに猛然と迫って来るではありませんか。ビックリ仰天→大感動でした。人や恐竜ではなく、巨大な尾(影)をつけた文字なのです

 スゲェ~………。

 帰宅して暫くして映画のストーリーは消えて行っても、この迫って来る巨石文字は頭にこびり付いて離れませんでした。そして夢中で描いたのが、看板の「新堀ギター」の元となる文字でした。

 青年、寛己が無心で夢中で熱く書いた当時、看板は1枚1枚手書きです。ブリキ店に行き、畳一畳の大きさのものを担いで持ち帰り、切りにくいハサミで切り、下地を塗り、この感動を込めた立体文字を書きました。この看板はどこにどう付けても、宣伝効果抜群で、生徒さんは次々に入学しました。

 やがて予算もとれて専門店に依頼すると、あの大迫力の大地から立ち昇る影は小さく薄くなり、いつしか消えてしまい、平面部分のみの文字となってしまいました。しかし、作った時のあの熱い純な、無邪気な、無心な「美しいギターの音を世界中に広めるんだ!」という夢は少しも弱まらず、その志を継いだ後継者達が今もこうして絶え間なく活動出来ているのも、やはり平面的(左脳中心)でなく、立体的(右脳+左脳)での発想(哲学)を磨き続けて来たからこそだと確信するのです。夢、情熱を続ける事が幸福を生む道、幸福道を敷く事ではないでしょうか。

 Nメソードの多種音域ギターでのフルハーモニーの研究も、それと組み合わせたフルート,ピッコロ,クラリネット,オーボエ,ピアノ等キーボード,他各種電子楽器,ギター太鼓オーケストラと和太鼓群とのNRM(新堀リズムメソード)の新しいパーカッションの世界、人声と笙と琴と舞をギタオケと組ませた古式であり現在の「和」のプレイヤーズオペラ=PLERA等々。国際ステージでオールスタンディングオベーションを頂けた大半のサウンドは皆、立体音(フルハーモニー)でした。これぞ21世紀の幸福道を敷く姿ではないでしょうか。